急性ストレス障害

震災におけるunistabの失態を曝します。反面教師にして下さい。

震災から約2週間、地域によってはそれよりも長い期間、深刻な食糧不足に悩まされました。公設避難所ですら確保がままなりません。男性は救助、復旧、治安維持、食料確保。女性はケガの手当て、育児、炊事、避難所内の雑務…それぞれが出来る事を持ち寄って、近所や親戚、友人・知人、皆で助け合って精一杯のことをしました。



ある日、私が夜間の防犯活動から帰宅すると、女性陣が困惑した表情で佇んでいます。見れば最年長者が大鍋一杯に料理を作っていました。備蓄食糧のほとんどを使い切ってしまったようです。

 「それ、どうしたんですか」
 「みんな忙しそうだから、元気が出るように…と思って」
 「食料使い切ってしまったの?」
 「明日お買い物行って来るから、いいのよ」

一瞬、何を言っているのか判りません。若い女性が耳打ちしてきます。

 「地震があった事…何回言ってもすぐ忘れちゃうんです。」

驚きました。その最年長者の女性が、週に数回同じ会話をすることには気付いていました。ただ、それ以外は何の問題もありません。家事も完璧、話し好きで、周囲への気配りも見事なベテラン主婦です。

女性人の話を聞き、よく注意して見ていると、あることに気付きました。「新しい情報“だけ”」が記憶に残らないようです。それ以外は本当にいつものままなのですが。

大災害が発生した事が“覚えられない”ので、なぜ周囲の大人達が食事もとらず、昼夜なく必死で働いているのか理解できません。何度「辺りは大変な事になっている」と聞いてもすぐに忘れてしまいます。本人ににしてみれば、単にコミュニティの中で自分にできる最善の事、「家事」を精一杯やっただけなのでしょう。

それでも、僅かな食料を使い切られてはどうしようもありません。子供や高齢者に回す為に、大人達はほとんど飲み物しか口にしていません。この状態がいつまで続くかも分らず、ギリギリの節約が必要とされています。

仕方なく私はその最年長者に台所作業から外れてもらい、「子供達の世話」をお願いしました。しかし、この判断が最悪のミスだったのです。



ここから、この最高齢者の状態が一気に悪化しました。自分の行動を直後に忘れる。感情の起伏が激しくなる。会話に整合性がなくなる…さまざまな症状が顕著になります。

現状を記憶できない分を過去の記憶で穴埋めし、脈絡の無い話になってしまい周囲から気遣われますが、それが面白くありません。買い物に行こうとして周囲から止められ、「自由にさせろ」と激昂しますが、外に出て瓦礫の山を目にすると、何がおきたか理解できずに怪訝な顔で立ち尽くします。行動の予測ができず、目が離せなくなってしまいました。

この震災は前代未聞の規模です。ストレスも「それ相応」だと考えるべきでした。誰もがギリギリの一線で平静を“装っている”と気遣うべきだったのです。私達男性陣は復旧作業などに忙殺されていました。それは心身共に過酷ではあるのですが、精神安定のケアにもなっています。「必要とされている」から前を向き、「やることがある」から立ち止まって悩まずに済みます。女性陣も同じです。

最年長の女性には熟練主婦としての「誇り」があるでしょう。自分の舞台である台所を切り盛することが、コミュニティでの「存在意義」だったハズです。私のような若造からの「戦力外通告」が、大きな変化につながったことは間違いありません。



おかげさまで、病院機能の回復を待って専門医の診察を受け、MRIなどの検査をした結果、「年齢なりの“物忘れ”」という診断に落ち着きました。現在、その方は投薬も受けてほぼ元通りに回復しています。急性ストレス障害だったのでしょう。症状から当初は脳疾患の懸念もあったのでかなり焦りましたが、無事で何よりでした。

若者にも、「最近物忘れが多くなった」という方々が多くなっています。現在は震災から3ヶ月目です。これから心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断される被災者も増加の一途をたどるでしょう。余裕のある方々は、どうか周囲を気遣ってあげてください。

「自分が、自分が」と何でも背負い込もうとするのは単なる“思い上がり”です。無駄に「完璧」を求めようとすると周囲まで傷つける結果を招きます。その人なりの「役割」を見つけ出し、出来る事はみんなで分担することが大切です。

冷静に考えると、今回の事例では「使って良い食料だけを渡して、調理を任せる」ことが最良の選択でした。使い切ってしまうなら、そうさせてあげれば良かっただけです。心に余裕が無かったのでしょうね。器の小ささと、見識の甘さを恥じます。…というか、かなり凹んでいます。

これから先、同じような状況に陥った方々が、同じ失敗をしないよう心から祈ります。



いつも応援ありがとうございます。
昨日、記事をアップしようと思っていたのに、忘れて寝てしまいました。おそらくストレス障害です。
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# by unistab | 2011-06-22 23:41 | 東日本大震災の記録

治安についての考察(2/2)

震災後の各被災地は極限状態でした。人間がそういった状況に追い込まれた時、それぞれの本性がより顕著に表れます。まさに人としての“質”が試される瞬間です。

日本人として恥ずかしくない行動をとり続けた人は大勢います。自分の財産を切り崩して食料や物資を分け与え、見ず知らずの人の救出や捜索にも必死になり、共に泣き、励まし、地獄のような状況を切り抜ける為に助け合いました。

避難所が「受け入れますよ」「食料や支援物資を配給しますよ」と声をかけても、「より酷い被害をうけた人に」と自宅に戻り、僅かな食料で生き延びようとした人々も大勢います。

しかし、真逆の人間性をあらわした人々も同様に同様に多かったのです。ごく普通のサラリーマンや主婦までが治安崩壊と共に犯罪に走り、自分だけ助かろう、楽になろう…と身勝手な行動をとりはじめます。


現地の実情報道として、宮城県警による3月30日の発表を読売新聞が伝えています。以下に概要を引用します。(※現在ネット上の記事は無くなっているものの、朝日新聞も同様の記事を掲載しています。)

宮城県警は東日本巨大地震直後(3月11日~26日まで)に、県内の窃盗事件が288件(前年比100件以上増加)と発表。被害総額は約1億円に上る。内訳は現金約7500万円、物品が約2500万円。
無人の店舗への侵入窃盗が80件(前年比60件増)。ガソリン窃盗等の非侵入窃盗は120件(前年比40件増)。会社や事務所への侵入窃盗事件も14件。気仙沼信用金庫松岩支店では金庫から約4000万円が盗まれた。(2011年3月30日の読売新聞より引用)


ところが一見すると真逆の記事もあります。警視庁の4月1日発表を受け、朝日新聞がおよそ次のように報道しています。

警視庁は「被災地で強盗や性犯罪が多発」といったデマに対し、岩手・宮城・福島の各被災地では、強盗や強制わいせつといった被害届けは“一件もない”と発表。阪神淡路や中越大地震など場合には、震災後は逆に犯罪が減少傾向にあり、悪質なデマを流布した者には摘発も検討するとしている。(2011年4月1日の朝日新聞より引用)

警視庁発表の記事だけを見た人は、被災地は「治安が良い」ように感じます。「治安が悪い」と口にした者は摘発するぞ…と脅されているようですらあります。この記事に関連したブログやコメントでは一様に「悪質なデマは厳しく取り締まるべき」という論調が展開されていました。


この2つの記事だけでも色々な事がわかります。まず、後者では一番多かった“窃盗”に触れていません。わざわざ窃盗以外のケースを強調した上で、警視庁は「自分達は届出を確認していない」から「治安悪化の事実は無い」と主張しています。

警視庁には各県警とは別の立場や事情があります。前者記事のようにそのまま発表してしまう訳にはいかなかったのだと思いますが、さすがに少々無理があるようにも感じます。

同じ場所や状況を、情報発信者や伝達者の意思一つでここまで違った印象にできる…という良い見本です。これから私達はこういったケースを「当たり前」として、見極めていく力を養わなくてはいけません。


治安良好の根拠として、「通報がない」ことを挙げる人もいますが、まったく的外れです。現地ではあらゆる連絡手段が断たれました。電線や電話線はもちろん、携帯基地局の非常用電源も軽油が切れて次々沈黙していきます。災害用無線を設置していた施設の多くも被害にあっています。伝令を走らせようにもガソリンもありません。…一体どうやって通報をするのでしょうか?

また、空き巣や窃盗の被害者が仮に警官を呼べたとして、あたり一面瓦礫の山の状態で、事実をどうやって立証するのでしょうか。周囲も皆被害に遭っています。異常事態です。盗まれたものが戻ってくるのが絶望的であることは、子供だって容易に想像がつきます。

「大災害後は犯罪が減少傾向に」に至ってはナンセンスです。犯罪者が「被災者がかわいそう」とばかりに犯行を控えたのでしょうか。違います、単に被災者の多くが「通報したくてもできない」「被害を証明できない」、そして「諦めた」…それだけの話です。

津波被害に遭った車のほとんどがガソリン窃盗にあっています。宮城県の津波被害台数は5月現在で14万台超と言われています。震災直後の2週間とはいえ宮城県警発表の通報件数はたったの120件。この比率だけで「通報が無い」から「犯罪も無い」が如何に馬鹿げているかがわかります。


現地の“生”の姿はこうです。

津波によってすべてが瓦礫と化した地域から、一階部分が浸水した地域までが犯罪被害にさらされました。

津波で流された車には、持ち主や家族を装った犯罪者が群がります。ほぼ100%ガソリンが抜かれ、貴重品だけならまだしも、目ぼしい外装やナビ、アルミやタイヤまでもぎ取られていきます。

日中は自転車で徘徊する者が大勢いて、流れ着いた物品、明らかな遺品まで漁って持ち去ります。住宅や店舗、会社などに侵入する為の“下見”する者もうろついていました。人の目があっても気にする素振りもありません。

住民が避難した家屋は軒並み窃盗被害に遭っています。金銭、貴金属、家電はもちろん布団の果てまで持ち去られました。店舗や会社に至っては、夜間に警備をするものが居ても押し入られることが多々ありました。工事現場などには複数犯がトラックで乗りつけ、鉄やアルミ材、電動工具などを盗んでいきます。

亡くなった被害者の指輪や腕時計、財布などが無くなっていることも珍しくありません。中には金歯の果てまで盗られたケースもあります。仏さんが泥の中から救い出された後、周囲の目を盗んで貴重品を剥ぎ取る者もいます。

一部の住民は自衛の為に居住地域を巡回をします。不審者を見つけて問いただすと、大半は「人を捜している」と答えます。「どこの誰か」と聞くとほとんどが逃げ去りますが、中には襲い掛かってくる者もいます。武装している場合も多く、とても危険です。

「緊急車両」の表示をした車にはガソリンが優先供給されることを犯罪者は知っています。携行缶を積んだ車両などは、ドライバーが離れる際に表示を隠さないと、あっという間に“的”にされてしまいます。

ちなみに“デマ”の一つに「中国人・朝鮮人窃盗団が出没する」というのがありました。私自身が会話した不審者や犯罪者には関西弁が一番多かったですが、片言の日本語を喋る者、無言を通した者も確かに存在しました。

警察は被害者に対してこう言います。「逃げてください」「危険なことは避けてください」…現場の方の立場的にはそう仰るしかないのは理解できますが、現実駅には何の意味も無いアドバイスです。

…これは起こった出来事のほんの一部ですが、こういった状況が皆さんの目の前で約2週間続くことを想像してみてください。


政府や警視庁、マスコミがどう取り繕っても事実は「事実」です。現地被災者だけでなく、良識ある政治家や有識者を始め、週刊誌をはじめとする一部のマスコミも実状を伝え始めました。

悪意を持ってデマを流布した者は断じて許すことはできませんが、明確な意図を持って正しい情報を“デマ”と言い換えた者も同罪です。そのどちらもが被災者に唾を吐くような行為だということだけは間違いありません。


これから時間の経過と共にますます多くの事実が明るみに出ます。福島原発と同様にさまざまな団体や人々が「言い訳」をする羽目になるでしょう。それを絶対に見逃さないでください。

皆さんが被災した際、自分やご家族の安全を守るために「信じてはいけない情報元」です。



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# by unistab | 2011-05-29 03:25 | 震災から思うこと

治安についての考察(1/2)


東日本大震災の被災地、特に津波被害に遭った地域では、窃盗などの犯罪が多発し、被災者は極度の治安悪化に悩まされました。

事実、私のいる地域では約2週間、警察による治安維持がなされませんでした。日中でも地域住民の目の前から物を盗んでいきます。夜間になればナイフやスタンガン、バールや鉄パイプで武装した複数の犯罪者が被災した会社や民家に押し入ってきます。

ニュースや新聞では「日本人は被災しても高い民度を誇り、世界中から驚きの声があがっている」などの報道が目立ち、現地からの「助けて、力を貸して」という訴えの大半が“デマ”として葬り去られました。


表向き「治安は維持されている」としたことは理解できなくはありません。もし「無法状態」だとなれば、それを好都合だと捉える人々が一気に流入する可能性があります。

関東大震災を始めとする過去の例からも見て取れるように、窃盗犯を始めとする犯罪者の増加、過激思想集団や外国人の暴徒化やテロの危険性など、さまざまなことが懸念されるのです。

かつて北京オリンピックの聖火リレーで、長野が中国国旗で真っ赤に染まった事例があります。チベット開放を求めるチベット人と日本人支援者、それに対抗する中国人との間で一触即発の状態となりました。

集まった中国人の人数はあまりに多く、場合によっては暴徒化する危険性があったため、警察は日本人とチベット人を「守るために“排除”する」という苦渋の決断をせざるを得ませんでした。警察の実効力は多くの国民が思うほど強大ではないのです。

今回、被災地の治安維持に空白ができたことへの警察の「非」はありません。それどころか現場の方々は限界を超えて働き続けてくれました。人命救助に不明者の捜索、避難誘導や交通整理、応援を含めてもまったく人手が足りませんでした。通常の治安維持に割く人員が残っているハズがないのです。


結局、私達の助けを呼ぶ声は届きませんでした。誰も被災者を守ってはくれませんでした。多くの被災者は黙って二次被害を受け入れ、耐え続けるしかなかったのです。今の政府の下では、社会全体の安定の為には少数は切り捨てられます。例えそれが被災者であっても…です。これが皆さんの身にも起こり得る「現実」です。


私達日本人はやはり極度の“平和ボケ”に蝕まれていたのでしょう。どんな時でも警察や自衛隊が守ってくれると過信し、「安全」が“タダ”で手に入るものだと勘違いしていました。

治安維持、安全確保こそ国民生活、社会活動の大前提です。しかし戦後60年、政治家はその重要性を忘れ、自衛隊や警察の現場努力だけに依存し、必要な予算や人員を削り続けました。私達国民も自分達から積極的に関わることを避けてきたのです。

しかし、それは大間違いでした。

これまでの平和や安全に満ち溢れた“日常”は、自衛隊や警察をはじめとする“誰か”がギリギリの一線で必死に守り続けてくれていたものです。それが崩れ去ったとき、私達の住む場所は簡単に「無法地帯」と化してしまいます。

彼らを孤立無援にしてはいけません。自衛隊や警察は有事の際にそれぞれの分野で前線に立つだけです。後に国民が続き、支えるからこそ前を向いて最大限の働きをすることができます。

社会の治安を維持したければ、良識ある社会人みんなで力を合わせなければなりません。子供達の安全を守りたければ、大人は体をはって盾にならなければいけなかったのです。そんな“当たり前”のことすら真剣に考えようとしなかった自分を恥じるばかりです。


今回の震災を経て、災害などの有事の際に「民間による治安維持」を行う為の枠組みを作っておく必要性を痛感しました。

「被災者を二次被害から守る」あるいは「自衛隊や警察の後顧の憂いを少しでも解消する」といった役割を担えれば良いと思います。高齢の地域ボランティアが「何となく」ではなく、現役世代によるキチンとした組織をつくり、明確な意識、確固たる覚悟を持って行動する民間団体であるべきでしょう。

様々な方々アイデアや人脈をお借りしながら形にしていきたいと思います。どんな小さなことでも結構です。どうか皆さんの力をお貸しください。


次の「治安についての考察(2/2)」では、地震直後の実状、報道との矛盾を書きます。



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# by unistab | 2011-05-28 01:58 | 震災から思うこと


子供達に日本人としての誇り、当たり前の価値観を手渡したい。 とある分野の先生のブログです。

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